投資理論を以下の書籍
をベースに学ぶこととする。
7. 運用パフォーマンスの評価
1期間モデルの枠組みにおいて資産運用の成果を評価する方法と尺度を考察する。この評価の目的は運用者の能力の優劣を推定することにある。普通は観測可能な事後データから能力・技能を推定することになる。
7.1 資産運用成績評価の2つのアプローチ
事後における資産運用実績評価には、①定量的なもの、②定性的なもの、の2つがある。
- 定量評価 資産運用に内在するリスクを踏まえるべく、単に投資収益やリターンを比較するのではなく、リスク調整済パフォーマンス尺度を比較評価するのが通例化している。このときのリスク指標として、投資ホライズンにかかわらず、1期間モデルにおける平均・分散アプローチを前提としたトータル・リスクや、システマティック・リスクを捉えるためににおけるベータ・リスクを用いるのが大半である。 定量評価は数値による評価であり運用者の優劣が明確に現れる点がメリットでもデメリットでもある。
- 定性評価 定量評価のみによって将来を語るのはデータの蓄積、説得性および投資家への浸透という点で限界があり、これを定性評価で補う。 運用者の一貫した投資哲学、運用調査体制および規律の有る運用プロセスによる成果であるかといった項目が評価対象になる。
7.2 運用パフォーマンス評価の理論的枠組み
7.2.1 シャープ・レシオ
リスク調整後パフォーマンス指標として最も普及しているのが()である。
平均・分散性向をもつ投資家にとって、リスク-リターン平面上で左上方に位置する投資機会の方が右下方の投資機会よりも大きな期待効用をもたらす性質を持つ。いま無リスク資産が利用可能とすれば、投資家は任意のリスク資産ポートフォリオと無リスク資産へ正または負の投資を行うことでどう平面上で、無リスク資産と当該ポートフォリオを結んだ半直線で表される投資機会集合を組成できる。
この半直線の傾きがシャープ・レシオであり、任意のポートフォリオについて
で定義される。
が最も大きくなるポートフォリオは市場ポートフォリオである。これは市場ポートフォリオは充分に分散化されており、固有リスクが存在しないと考えられるためである。
特定のポートフォリオで運用するように投資可能資金のほとんどを運用委託する投資家を想起すると、この投資家はポートフォリオのトータルリスクを可能な限り削減することを望むはずである*1。固有リスクが消失するほど、そのポートフォリオのは市場ポートフォリオのに近づいていく。
ただしの定義式は真の期待リターンと真の標準偏差を知らなければ算出できない。そこで実際のパフォーマンス評価ではそれらをその推定値で代替した
で算出する。
7.2.2 Jensenのalpha
の重要な含意は任意の銘柄の投資リターンが内包する変動リスクのうち、市場ポートフォリオ・リターンとの共分散に相当する部分のみが報酬としてのリターンを獲得するということである。したがって投資家が固有リスクを負担した場合、それが如何に大きくても、対価としてのリターンは全く得られないことになる。
そこでリスク指標としてベータ・リスクを用いたときの評価尺度として提案されたのがのであった。こののは
で定義される。
横軸にベータ、縦軸に期待リターンを取ったとき、市場ポートフォリオ(もしくはその代理インデックス)の座標と縦軸上の無リスク金利を表す座標とを結んだ直線が証券市場線である。したがってのは評価対象のポートフォリオと同じベータを持つ証券市場線上のポートフォリオに対して、評価対象ポートフォリオの期待リターンがどれだけ大きいか(小さいか)を表す母数と考えられる。の推定量はふつう最小二乗推定量として推定する。
なおのは評価対象の固有リスクに関しては一切の情報を有していない。したがって単一のポートフォリオで(ほぼ)全ての資金で運用しておりトータルリスクの大小に関心がある場合には向かない尺度であり、他方でミスプライシングを投資機会と見なすファンドなどであればより適当と言える。
ファンド評価では推定値を具体的に、
で計算する。ここでは対象となる母数の推定値を表す。
7.3 運用における「アルファ」とは
資産運用の実務では、平均的に実現するポートフォリオのリターン成分をベータと市場ポートフォリオ・リターンで調整した値をアルファをと呼ぶ。この場合のアルファの由来はの
であるが、これらは厳密には異なる。
過去議論した直交分解式を再掲すると、
であった。これはシングル・インデックス・モデルにおいて
と特定したものであった。このときのは、市場モデルにおけるに一致する。
これに対して実務ではシングル・インデックス・モデルにおけるを「アルファ」と呼ぶことがある。これはもしくはでない限り、のには一致しない。仮にが成立し更に真の値という状況下においてはをよりも小さくできれば、無リスク金利が正である場合に「アルファ」を正にでき、逆もまた然りである。したがってこの意味の「アルファ」は不適であると言わざるを得ない。
7.4 まとめ
運用パフォーマンス評価は、スポンサーまたは投資家が自らの設定する運用目的と制約の双方を踏まえて何を用いるかを選択する。まず運用スタイルに応じて何をベンチマークにするかを決定する。次に主に用いる評価尺度を選択する。たとえば、
- のを用いる場合 投資家が投資可能式の一部(=他のポートフォリオを運用することでポートフォリオ間での分散投資を想定できる)を運用し、トータルリスクの削減よりもベンチマークを凌駕しようとする場合、もしくはベンチマークおよび無リスク資産から構成される投資成果を上げることを目標とする場合。このときシステマティックリスクをリスクと想定しており、固有リスクには対価が与えられることを想定していない。
- を用いる場合 リスク・リターンについて平均・分散選好を有する投資家で、投資可能な資金の大部分を1つのポートフォリオで運用する場合、他のポートフォリオ間でのリスク分散が期待できず、投資対象ポートフォリオのトータルリスクを削減することを希求することになる。
ただしいずれも
- 無リスク資産を自由に売買できると仮定しているが問題にならないか検討しなければならないこと
- 実質的に空売りが制限されている場合にもその尺度が妥当か検討しなければならないこと
- 相場の動向を予測したポートフォリオ改定能力(マーケット・タイミング能力)を正しく評価できないこと
- 1期間モデルを前提とした尺度であること
という制約があることに注意しなければならない。
今回のまとめ
- 運用パフォーマンスの評価尺度として、①シャープ・レシオおよび②のが代表的である。
- リスク・リターンについて平均・分散選好を有する投資家で、投資可能な資金の大部分を1つのポートフォリオで運用する場合、シャープ・レシオを用いる。
- 投資家が投資可能式の一部(=他のポートフォリオを運用することでポートフォリオ間での分散投資を想定できる)を運用し、トータルリスクの削減よりもベンチマークを凌駕しようとする場合、もしくはベンチマークおよび無リスク資産から構成される投資成果を上げることを目標とする場合はのを用いる。
- ただしいずれも ①無リスク資産を自由に売買できると仮定しているが問題にならないか検討しなければならないこと、 ②実質的に空売りが制限されている場合にもその尺度が妥当か検討しなければならないこと、 ③相場の動向を予測したポートフォリオ改定能力(マーケット・タイミング能力)を正しく評価できないこと、 ④1期間モデルを前提とした尺度であることという制約がある。
*1:リスク回避的であることを仮定していることに注意。