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証券投資論(13/21)

 証券投資(現代ポートフォリオ理論)をコンパクトに学ぶべく、比較的最近に発刊され薄めの本である

を参考に学んでいく。

  • 前回:

power-of-awareness.com

5. 裁定評価理論(APT)

 証券価格は如何なる経済変数から影響を受けて市場で決まるのか。

5.2 APT

 裁定評価理論(APT)は線形因子モデルに依拠している。
 裁定取引とは異なる2つの市場において同一の金融商品が異なる2つの価格で同時に売買されることを指す。裁定機会*1があるならば、リスクを取ることなく利益を上げることができる。そこでAPTは無裁定になるような価格付けを要求する。

 APTにおいて証券iのリターンr_iが以下のような線形構造を有すると仮定する:


\begin{aligned}
r_i=\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\beta_{ik}F_k}+\varepsilon_i,\ i=1,2,\cdots,n
\end{aligned}

を満たすと仮定する。ここでF_kは市場に共通のリスク・ファクターであり、\varepsilon_iは証券[tx:i]に固有のリスク・ファクター(非市場リスク)とおく。F_0=1として一般性を失うことなくE[\varepsilon_i]=0と仮定することができる。またE[F_k]=0,k=1,2,\cdots,Kと仮定する。さらに\mathrm{Cov}[F_i,F_j]\neq0で、\varepsilon_i,\varepsilon_j(i\neq j)は独立で、また\varepsilon_iは任意のF_kとも独立だとする。それ以外は仮定しないため、リスク・ファクターは任意であり、観測可能性も想定していない。そのためAPTを活用する場合、リターンを生成する関数を特定化することから始まる。
 各証券のリターンがr_i=\displaystyle{\sum_{i=1}^{K}\beta_{ik}F_k}+\varepsilon_i,\ i=1,2,\cdots,nで与えられるならば、ポートフォリオPのリターンr_Pは、構成ウェイトを\boldsymbol{\omega}=(\omega_1,\cdots,\omega_n)として


\begin{aligned}
r_P=\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}r_i\omega_i}=\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\left(\sum_{i=1}^{n}\omega_i\beta_{ik}\right)}F_k+\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\varepsilon_i}
\end{aligned}

により生成される。証券数nが十分に大きければ、右辺第2項の非市場リスク\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\varepsilon_i}は近似的に0である。したがってポートフォリオのリターンは市場に共通のリスク・ファクターによる加重和に等しい。F_0=1であるから、同式は


\begin{aligned}
r_P=\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\beta_{i0}}+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\left(\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\beta_{ik}}\right)}F_k=a_P+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\beta_{Pk}}F_k
\end{aligned}

で与える。a_P=\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i \beta_{i0}},\beta_{Pk}=\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i \beta_{ik}}とおいた。E[F_k]=0であるから、ポートフォリオ・リターンの期待値はE[r_P]=a_Pであり、その分散V[r_P]=\sigma_P^2


\begin{aligned}
\sigma_P^2=\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\beta_{Pk}^2\sigma_k^2}
\end{aligned}

である。ここで\sigma_k^2=V[F_k]とおいた。
 もしポートフォリオPと同一のリスクを有するポートフォリオQ(\boldsymbol{\omega}^{\prime})が構築できたと仮定する。このときポートフォリオQのリターンr_Q


\begin{aligned}
r_Q=\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i^{\prime}\beta_{i0}}+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\left(\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i^{\prime}\beta_{ik}}\right)}F_k=a_Q+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\beta_{Qk}}F_k
\end{aligned}

である。右辺第2項の非市場リスクはnが十分に大きければ近似的に0である。
 もし


\begin{aligned}
\beta_{Qk}=\beta_{Pk}
\end{aligned}

ならば、もしa_Q\gt a_Pのとき、P空売りQを購入すれば裁定取引を行うことができる。このことはリスクフリーレートでの無尽蔵な借入が可能ならば、恒常的に無リスクで利益を得ることが可能なことを意味する。そのため、均衡においては同一のリスクを有するすべてのポートフォリオは同一の期待リターンを有する。裁定機会が市場から消滅するまで裁定取引が継続されるため、無リスクな超過利益は存在しないというのがAPTの基本的な主張の1つである。
 ポートフォリオPを購入しQ空売りする取引は追加的利益をもたらさないため、P,Qからなるポートフォリオ自身のリターンは0である。すなわち


\begin{aligned}
\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}(\omega_i-\omega_i^{\prime})}1=0
\end{aligned}

である。更に\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\beta_{i0}}-\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i^{\prime}\beta_{i0}}=0より


\begin{aligned}
\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}(\omega_i-\omega_i^{\prime})\beta_{i0}}=0
\end{aligned}

を得、また\beta_{Qk}=\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i \beta_{ik}}=\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i^{\prime}\beta_{ik}}=\beta_{Pk}より


\begin{aligned}
\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}(\omega_i-\omega_i^{\prime})\beta_{ik}}=0
\end{aligned}

である。これらは\boldsymbol{\omega}-\boldsymbol{\omega}^{\prime}からなるポートフォリオに対して、\beta_{i0}\beta_{ik}の一次結合で表現可能、すなわち


\begin{aligned}
\beta_{i0}=\lambda_0+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\lambda_k\beta_{ik}}
\end{aligned}

を満たすような\boldsymbol{\lambda}={}^{t}(\lambda_0,\lambda_1,\cdots,\lambda_K)が存在する。k=0のときF_0=1と仮定したため、


\begin{aligned}
E[r_i]=\beta_{i0}
\end{aligned}

となるから、


\begin{aligned}
E[r_i]=\lambda_0+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\lambda_k\beta_{ik}}
\end{aligned}

と書ける。リスク・ファクターがすべて0ならば、そのときの期待リターンは無リスクのときのリターンであるから、\lambda_0=r_0と見なすことができる。
 任意のリスク・ファクターF_kに関して\beta_{ik}=1とおいてその他の\beta_{il}=0とすれば\lambda_k=E[r_k]-r_0を得る。したがって


\begin{aligned}
E[r_i]=r_0+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\beta_{ik}(E[r_k]-r_0)}
\end{aligned}

である。
 上式の導出を試みる。大数の法則を成り立たせるような程十分な証券数nの存在および以下の条件


\begin{aligned}
\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i}&=0,\\
\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\beta_{ik}}&=0,k=1,2,\cdots,K,\\
\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\varepsilon_i}&\approx0
\end{aligned}

を満たすようなポートフォリオRが形成できるとする。
 このとき


\begin{aligned}
V[r_R]&=V\left[\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i r_i}\right]\\
&=V\left[\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\left(\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\beta_{ik}}\right)}F_k+\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\varepsilon_i}\right]\\
&=\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}V\left[\left(\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\beta_{ik}}\right)F_k\right]}+V\left[\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i\varepsilon_i}\right]
\end{aligned}

が成り立つ。最右辺の第1項は2つ目の条件から0であり、第2項は3つ目の条件から近似的に0である。したがってこのポートフォリオRの分散は近似的に0である。このポートフォリオの期待リターンは近似的に0であり、裁定機会の無存在から、無リスクなポートフォリオのリターンもまた0であるから、


\begin{aligned}
r_R=E\left[\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i r_i}\right]=0,
\end{aligned}

すなわち


\begin{aligned}
\displaystyle{\sum_{i=1}^{n}\omega_i E\left[r_i\right]}=0
\end{aligned}

を得る。
 ポートフォリオRの各条件から


\begin{aligned}
E[r_i]=\lambda_0+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\lambda_i\beta_{ik}},i=1,2,\cdots,n
\end{aligned}

を得る。
 前述したのと同様の議論展開により、リスク・ファクターと同数の証券で構成したポートフォリオの期待リターンは


\begin{aligned}
\displaystyle{\sum_{j=1}^{K}\omega_j E[r_j]}=\lambda_0+\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\left(\sum_{j=1}^{K}\omega_j\beta_{ik}\right)\lambda_k},\ K\lt n
\end{aligned}

で与えられる。\lambda_1の係数を1,\ k\geq2に対する\lambda_2の係数を0となるようにポートフォリオを選択することが可能であるから、そのポートフォリオの期待リターンをr_1として


\begin{aligned}
r_1=r_0+\lambda_1
\end{aligned}

となる。同様にして


\begin{aligned}
r_k=r_0+\lambda_k
\end{aligned}

を得る。以上からAPTの公式


\begin{aligned}
E[r_i]-r_0=\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\beta_{ik}(r_k-r_0)}
\end{aligned}

を得る。本式の右辺におけるr_k-r_0k番目の市場リスク・ファクターの超過リターンであり、市場リスクに対するリスク・プレミアムと見なすことができる。したがってAPTは各証券の超過リターンの期待値はそのような市場リスク・プレミアムのリスク・ファクターによる加重和になると主張している。

5.3 APTとCAPMの関係

 APT


\begin{aligned}
E[r_i]-r_0=\displaystyle{\sum_{k=1}^{K}\beta_{ik}(r_k-r_0)}
\end{aligned}

は以下のように説明できる:

 もし各証券の固有リスクを除去できるほどに充分な証券数nからなるポートフォリオを組成することが可能ならば、各証券の期待リターンはその証券のリターンに影響を与えるリスク・ファクターと各証券に共通のリスク・プレミアムの積和で与えられる。

 APTでは投資家はリスク証券のリターンに影響を与えるすべてのリスク・ファクター\beta_{ik}に対してリスク・プレミアムを要求し、そのリスク・プレミアムはr_k-r_0として評価すると述べている。一方でCAPMでは投資家は固有リスクを除去できないため、このようなリスク・プレミアムを受け取ることはできない。すなわち市場ポートフォリオと各証券との相関に依存するリスク\mathrm{Cov}[r_i,r_M]が存在する。しかし、もしAPTにおける唯一のリスク・ファクターが市場リスクの実であるならば、APTはCAPMに退化する。この意味でCAPMはAPTの特別な場合だと見なすことができる。
 CAPMでは市場ポートフォリオとの各証券の市場リスクはシステミック・リスクであり、APTではそのシステミック・リスクを明示的に言及しない。APTの理論上の利点として第一に投資家の効用関数について何も仮定していないのに対して、CAPMは投資家のリスク選好について強い仮定を課している。第2にAPTでは証券のリターンが従う確率分布についてほとんど制約を課していない。第3にAPTは真の市場ポートフォリオの存在を仮定しない。したがってその市場ポートフォリオが効率的フロンティア上に位置することを仮定しない。
 
 実証上、統計学上の因子分析を行うことでヒストリカル・データからファクターを抽出することができ得る。しかしAPTが将来の期待リターンが満足すべき関係式とする均衡での評価式だとするならば、因子分析によるモデルは必ずしも適当とは言い難い。

*1:裁定取引ができること。

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