コロナ禍が経済を減退させていく中で、まだ致命的な企業の倒産連鎖は生じていない。しかしこのまま自粛を続ければ直にそうなりかねないのであって、それが深刻化・長期化すれば必然、国家のデフォルトになりかねない。そうした事態では現在の不換貨幣は信用を失うのは言うまでもない。そうなった後の体制として相変わらず金本位制が議論されている。
そこで焦点を当てられるのが産金国である。しかし少なくない国がかつて非民主的であったため、直近はともかくとしても産金国については中長期にわたると不明な部分が多い。その中でも特に不明な部分が多いのがロシアである。地理的には近いものの、ロシア語話者があまり多くないことなどもあって心理的には近くない。しかし領土問題など近隣ならではの問題は多い。そのロシアについて、とりわけ詳細が不明なのがソ連時代の動向である。ロシアは世界第4位の産金国であり、ソ連時代は南アフリカに次ぐ世界第2位の産金国でもあった。
2018年の金産出量の多い国ランキング
順位 | 国名 | 産出量(t) |
---|---|---|
1 | 中華人民共和国(中国) | 401 |
2 | オーストラリア | 315 |
3 | ロシア | 311 |
4 | アメリカ合衆国(米国) | 226 |
5 | カナダ | 185 |
6 | ペルー | 143 |
7 | インドネシア | 135 |
8 | ガーナ | 127 |
9 | メキシコ,南アフリカ共和国 | 117 |
(出典:外務省*1)
しかし共産主義圏であったこともあり、今の金融システムのようなものをソ連は採用しておらず、その実態はあまり知られていない。とはいえ金塊がソ連をはじめとする共産圏で重要な役割を担っていたことは事実であって、その時代における金塊の利用方法を知ることは現在に何か活きてくるかもしれない。そこで、今回から何回かを通じてソ連の金融システム、特にその中での金塊の役割について注目したい。
ソ連と金塊
まず実態把握から始めよう。ソ連はどれくらいの金(ゴールド)を生産していたのか。残念ながらソ連時代、金塊に関する情報は遮断されていたため、正確な統計は存在しない*2:
外貨準備が底を突きそうなとき,最後の手段はソ連の保有する金塊の売却である。これは以前から世界第2位(90年には米国に追い抜かれ第3位)の産金国ソ連の強みであったが,最近の動き(引用者註:1980年代末期から1990年代初頭)は少々謎めいている。
従来ソ連の金保有高は1,800tはあるといわれ,西側への売却も年間50t前後で,常に高水準の金保有を維持してきたといわれる。ところがこの(引用者註:1989年からの)2年間連邦中央の財政悪化と債務返済資金の不足から,連邦大蔵省保有の金が大量に売却されたと推測されている。
91年秋にヤブリンスキー(引用者註:ロシア共和国副首相。同年12月には辞任)がIMF=世銀年次総会に提出した報告では,手持ちの金塊が89,90年頃700tあったが,92年初めに240tまで減少の見込みであると,衝撃的な発言をしたため(中略),西側の金市場での価格急落が止まる一方,ソ連に対するカントリーリスクが高まった。(中略)ソ連で輸出代金金額を連邦の対外決済銀行に振込ませ,その4割り(引用者註:原文ママ)を債務返済に充てるという法律があるなかで,企業はそれを避けて違法な預金の形で西側銀行に預けている(中略)。いずれにせよこの金塊保有と売却の問題は(中略)今までソ連では全く情報遮断されていたので,謎めいた部分が多い
ただし米中央情報局(CIA)を中心として金生産量の推計値は存在しており、その一部をまとめてグラフ化したのが以下のものである:
ソ連の金生産量の推計値
(出典:筆者作成*3)
冷戦時代には世界第2位の産金国であったのは正しいと言えるだけの生産量であることが分かる。
ソ連と金融システム
ひとえに金といっても宝飾品や工業関係などの用途があるため、一概に決済手段として用いられるわけではない。しかしその利用量でいえば後者のような金融用途がほとんどである。
国際金融の分野では,そもそも国家機関以外の自然人や法人が外貨を取り扱うことが許されていなかったうえ,銀行は,すべて国家機関であったから,国際金融活動は,完全に国家の管轄下にあった。また,ロシアは世界有数の産金国として世界の金市場に多大な影響を与えていたとはいえ,金輸出は貿易代金支払の必要のために断続的に実施されたにすぎず,これもまた,国内経済の従属変数であったといえる
ではどのような金融システムをソ連はもっていたのか。国際金融ではどのような役割を担ってきたのか。それは現在のロシアにどのように継承されてきたのか。次回はソ連の金融システムを整理し、それ以降で具体的にソ連が対外支払いとしてどのように金塊を用いてきたのかを整理したい(続く)。
*1:https://www.mofa.go.jp/mofaj/kids/ranking/gold.html
*2:中江幸雄(1991)「91年ソ連経済体制の破産―ロシア主導の再編と西側・G7の対応―」立教経済学研究 第45巻 第4号 1992 156-157
*3:グラフ中の各値の出典であるCIA(1955), CIA(1967), CIA(1979), CIA(1987), Kaser(1979)はそれぞれ以下のとおりである:US Central Intelligence Agency(1955) "Soviet Gold Production, Reserves, and Ecports Through 1954"(https://www.cia.gov/library/readingroom/docs/DOC_0000496246.pdf ), US Central Intelligence Agency(1967) "Intelligence Report The Soviet Gold Production" ( https://www.cia.gov/library/readingroom/docs/DOC_0000496351.pdf ), US Central Intelligence Agency(1979) "Handbook of Economic Statistics 1979"(https://www.cia.gov/library/readingroom/docs/CIA-RDP07-00617R000200260001-2.pdf), US Central Intelligence Agency(1987) "USSR: Gold Production and Sales Potential" (https://www.cia.gov/library/readingroom/docs/CIA-RDP08S01350R000301010001-2.pdf), Kaser, Michael(1979) "Soviet Gold Production," U.S. Joint Economic Committee(https://books.google.co.jp/books?id=5rZODqbZI_kC&pg=PA290&lpg=PA290&dq=%22Soviet+Gold+Production%22+Kaser&source=bl&ots=EAfeqRmLpx&sig=ACfU3U0Wd0Ytjk9NOAeIpis5maoXaFffHQ&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjp9a_Kz5HpAhXFZt4KHRZmAYkQ6AEwAHoECAcQAQ#v=onepage&q=%22Soviet%20Gold%20Production%22%20Kaser&f=false)。またIMF(1991)およびNon-Socialist Worldの出典は以下のとおりである:International Monetary Fund(1991)"Chapter V.7 Metals and Mining," in A Study of the Soviet Economy Vol.3(https://www.elibrary.imf.org/view/IMF071/00119-9789264134683/00119-9789264134683/pt05ch07.xml?language=en )である。