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【中小企業診断士試験】サステイナブル成長率を勉強する暇があったら他を勉強した方がいい

はじめに ~サステイナブル成長率を無理に勉強する必要は無い~

 今年の中小企業診断士1次試験にサステイナブル成長率を求めさせる問題が出題されました。これを受けて2次試験でもサステイナブル成長率が出題されるのではないかという観測が出ています。ですが、私見ではサステイナブル成長率を用いた問題はまずあり得ないと思っています。とはいえ、100%ではないですし、万が一出たときのためにサステイナブル成長率をまとめてみます。

忙しい人のためのまとめ

1. サステイナブル成長率とは?

 サステイナブル成長率は、企業が財務構造を維持したまま利益の内部留保により長期持続的に達成することが可能な成長率です*1 。以下の2つの前提

  • 新規株式発行による資本の増加を考えず、既存株主だけで自己資本を増加させ、その結果としてEPSを成長させる
  • 財務諸表の全項目が現在の相互関係を維持したまま均等に成長する

の下で成立します。

1.1 サステイナブル成長率をどう表すか?

 クリーン・サープラス関係、すなわち貸借対照表上の株主帰属分が期首から期末にかけて変化した分が、損益計算書上の株主に帰属する利益と資本取引との合計額と一致すると仮定します *2。これを数式で書くと、


\begin{aligned}
期末の自己資本-期首の自己資本=当期純利益-配当金総額
\end{aligned}

です。この両辺を期首の自己資本で割ることで


\begin{aligned}
\displaystyle{\frac{期末の自己資本-期首の自己資本}{期首の自己資本}}=\displaystyle{\frac{当期純利益-配当金総額}{期首の自己資本}}
\end{aligned}

が成立します。この左辺は1期を経たことによる自己資本の成長率であり、これがサステイナブル成長率と呼ばれるものに他なりません。右辺は、期首の自己資本額に対する、当期純利益から配当金総額(=社外に流出した分)を控除したもので、書き換えると



\begin{aligned}
\displaystyle{\frac{当期純利益-配当金総額}{期首の自己資本}}&=\displaystyle{\frac{当期純利益}{期首の自己資本}}\left(1-\displaystyle{\frac{配当金総額}{当期純利益}}\right)\\
&=\displaystyle{\frac{当期純利益}{期首の自己資本}}(1-配当性向)\\
&\approx \mathrm{ROE}(1-配当性向)
\end{aligned}

と書くことができます。なお最後の式を近似式としたのは、\mathrm{ROE}の一般的な定義



\begin{aligned}
\mathrm{ROE}&=\displaystyle{\frac{当期純利益}{期末の自己資本}},\\
\mathrm{ROE}&=\displaystyle{\frac{当期純利益}{自己資本の期中平均}}
\end{aligned}

とは相違するからです。ただし本近似式は期初に投入した自己資本が生み出す利益の割合と解されるため、誤っている訳では決してありません *3
 まとめると、


\begin{aligned}
サステイナブル成長率=\mathrm{ROE}(1-配当性向)
\end{aligned}


です。ただし先程も述べたように、このROEは期首自己資本=前期末の自己資本に対する当期の純利益である点に注意しましょう。
 本式から、ROEが高いほど、また配当性向が低いほど(内部留保率が高いほど)、サステイナブル成長率が高くなることが分かります。

1.2 サステイナブル成長率の前提の意味

サステイナブル成長率は、以下の2つの前提

  • 新規株式発行による資本の増加を考えず、既存株主だけで自己資本を増加させ、その結果としてEPSを成長させる
  • 財務諸表の全項目が現在の相互関係を維持したまま均等に成長する

の下で成立すると述べました。これはどのようなことでしょうか。
 まず①の前提は資本取引が存在しないことを表し、クリーン・サープラス関係が成立することを保証しています。②は\mathrm{ROE}および配当性向が不変であることを意味しています。特に注意しないといけないのが、負債・自己資本構成です。もし負債・自己資本構成が変化すると、\mathrm{ROE}が変化し、それに伴ってサステイナブル成長率が変化します。したがって、サステイナブル成長率を各期の成長率として用いるのであれば、内部留保が利益剰余金に組み入れられる(=自己資本が増加する)のと同時に適切な額の負債調達を行い、負債と自己資本の比率を維持しなければいけません。

1.3 サステイナブル成長率の応用先例:配当割引モデル

 サステイナブル成長率はよく配当割引モデルに用いられます。(ここでは便宜上)期末自己資本に対する当期純利益として\mathrm{ROE}、配当性向dが常に一定で、自己資本の変化が内部留保のみに起因すると仮定すれば、ある期t当期純利益E_tの成長率は、ある期t自己資本額をB_tとして



\begin{aligned}
利益成長率\equiv\displaystyle{\frac{E_{t+1}-E_t}{E_t}}=\displaystyle{\frac{B_{t+1}\times\mathrm{ROE}-E_t}{E_t}} 
\end{aligned}


が成り立ちます。このとき自己資本の変化が内部留保のみに起因するという仮定から、ある期の自己資本は、その前期の自己資本に当期利益のうち配当流出分を控除した分の和に相当します。すなわち



\begin{aligned}
B_{t+1}=B_t+(1-d)E_t
\end{aligned}


が成り立ちます。したがって仮定から\mathrm{ROE}=E_t/B_tが成り立つことに注意すれば、



\begin{aligned}
利益成長率&=\displaystyle{\frac{B_{t+1}\times\mathrm{ROE}-E_t}{E_t}}\\
&=\displaystyle{\frac{\left\{B_t+(1-d)E_t\right\}\mathrm{ROE}-E_t}{E_t}}\\
&=\displaystyle{\frac{B_t}{E_t}\frac{E_t}{B_t}}+\displaystyle{\frac{(1-d)E_t\times\mathrm{ROE}}{E_t}}-1\\
&=(1-d)\mathrm{ROE}\\
&\equiv サステイナブル成長率
\end{aligned}


が成り立ちます。更に配当成長率は、



\begin{aligned}
\displaystyle{\frac{D_{t+1}-D_t}{D_t}}=\displaystyle{\frac{dE_{t+1}-dE_t}{dE_t}}=\displaystyle{\frac{E_{t+1}-E_t}{E_t}}=利益成長率
\end{aligned}


です。以上から、\mathrm{ROE}、配当性向dが常に一定で、自己資本の変化が内部留保のみに起因すると仮定した場合、すなわちサステイナブル成長率が成り立つ状況では、当期純利益の成長率とサステイナブル成長率、配当成長率はすべて一致することになります。
 このようなサステイナブル成長率を用いると、配当割引モデルのうちでも定率成長モデルが導出できます。詳しくは補論にて述べるとして結果だけ表すと以下の通りです。

ある期の期首(=前期末)t=0において、株主資本コストを\muで一定だとし、更に前期末の実績配当金総額をD, サステイナブル成長率をg(g\leq\mu)だとします。このとき、株式価値V_Pは、



\begin{aligned}
V_P=\displaystyle{\frac{(1+g)D}{\mu-g}}
\end{aligned}


と表されます。

2. なぜサステイナブル成長率は出題されないと考えるのか

 サステイナブル成長率が出題されないと考える理由は、ファイナンスに関係する問題であり、中小企業診断士試験にそぐわないからということに尽きます。具体的には、以下のようなことを考えています。

  1. サステイナブル成長率は、Going-Concern(企業は永続が前提である)という仮定の下で、現在価値の総和の極限を取ることで価値評価モデルに表出します。ですが、中小企業診断士は投資案件(コーポレート・ファイナンスの教科書でいうプロジェクト)を考えることが多く、これは有限期間で回収する案件が普通です。なのであえてサステイナブル成長率を考えて意思決定会計を問う必然性が無い
  2. サステイナブル成長率は期初自己資本で算出したROEを算出するが、このような細かい点でミスを誘うのは試験として下策ではないか。かといって期末ROEを代替的に用いるとしてまで使う必然性は上述のとおり薄い
  3. このようにサステイナブル成長率自体がコーポレート・ファイナンスに関係し過ぎるもので一次試験で知識を問うたばかりの中、敢えて2次試験で問うべき問題なのか疑問である

なので、時間がある人だけが勉強し、そうでなければ事例I~IIIや事例IVの他概念に用いた方が得策です。

補論 定率成長モデルの導出

 ある期の期首(=前期末)t=0において、株主資本コストを\muで一定だとし、更に前期末の配当金総額をD, サステイナブル成長率をg(g\leq\mu)とおきます *4。このとき、ある期t=1,2,\cdotsの配当D_t


\begin{aligned}
D_t=D(1+g)^t,t=1,2,⋯
\end{aligned}

と書けます。このような前提で、この企業の株式価値V_Pは、


\begin{aligned}
V_P=\displaystyle{\sum_{k=1}^{\infty}\frac{D_k}{(1+\mu)^k}}=D\displaystyle{\sum_{k=1}^{\infty}\left(\frac{1+g}{1+\mu}\right)^k} 
\end{aligned}

で得られます。これは、


\begin{aligned}
V_P&=D\displaystyle{\sum_{k=1}^{\infty}\left(\frac{1+g}{1+\mu}\right)^k}\\
&=\displaystyle{\frac{1+g}{1+\mu}}D\displaystyle{\lim_{n\rightarrow\infty}⁡\sum_{k=1}^{n}\left(\frac{1+g}{1+\mu}\right)^{k-1}}
\end{aligned}

ですが、



\begin{aligned}
\displaystyle{\sum_{k=1}^{n}\left(\frac{1+g}{1+\mu}\right)^{k-1}}
\end{aligned}


は初項が1で公比が0\leq\displaystyle{\frac{1+g}{1+\mu}}\leq1であるような等比数列の初項から第n項までの総和ですから、



\begin{aligned}
\displaystyle{\sum_{k=1}^{n}\left(\frac{1+g}{1+\mu}\right)^{k-1}}=\displaystyle{\frac{1-\left(\displaystyle{\frac{1+g}{1+\mu}}\right)^n}{1-\left(\displaystyle{\frac{1+g}{1+\mu}}\right)}}
\end{aligned}

です。したがって



\begin{aligned}
\displaystyle{\lim_{k\rightarrow\infty}\sum_{k=1}^{n}\left(\frac{1+g}{1+\mu}\right)^{k-1}}&=\displaystyle{\frac{1}{1-\displaystyle{\frac{1+g}{1+\mu}}}\lim_{n\rightarrow\infty}\left\{1-\left(\frac{1+g}{1+\mu}\right)^{n-1}\right\}}\\
&=\displaystyle{\frac{1+\mu}{(1+\mu)-(1+g)}}\\
&=\displaystyle{\frac{1+\mu}{\mu-g}}
\end{aligned}


を得、これを代入することで



\begin{aligned}
V_P=\displaystyle{\frac{1+g}{1+\mu}D\left(\frac{1+\mu}{\mu-g}\right)}=\displaystyle{\frac{1+g}{\mu-g}}D
\end{aligned}


が得られます。このモデルはゴードンモデル(定率成長モデル)と呼ばれています。なお導出過程から明らかなように分子に(1+g)が入るか否かは、Dが前期末の実績配当金総額なのかに依存し、たとえば今期配当額をDと置き直せば、



\begin{aligned}
V_P=\displaystyle{\frac{D}{\mu-g}}
\end{aligned}


と書き直されます。

出典

*1:桜井久勝(2020)「財務諸表分析 第8版」(中央経済社)  P.260

*2:クリーン・サープラス関係が成り立たない会計制度をダーティ・サープラス会計と呼びます。日本の会計制度はダーティ・サープラス会計です。たとえばその他有価証券評価損益が損益計算書を経由せずに純資産の部に直接計上される場合があるからです。なおこれを改善したのが包括利益です。

*3:そのため、以降では近似ではなく等式として扱います。

*4:一般に、今期と言えば、現時点から見て再直近に到来する期末時点で終了する期を指します。たとえば3月末で決算期を迎える会社において、2023年10月10日時点に今期と言った場合、2024年3月期を指します。

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