証券投資(現代ポートフォリオ理論)をコンパクトに学ぶべく、比較的最近に発刊され薄めの本である
を参考に学んでいく。
- 前回:
https://power-of-awareness.com/entry/2022/05/18/050000power-of-awareness.com
9. リアルオプションとその応用
オプション理論を実物資産への投資評価に適用するリアルオプションを議論する。
9.1 リアルオプションとは何か
リアルオプションは投資の意思決定がもたらす不確実な将来キャッシュ・フローを予測し、将来キャッシュ・フローの変動に対応した柔軟な意思決定を可能にするアプローチである。
リアルオプションでは将来のキャッシュ・フローがもつ不確実性を確率過程として表現し、この確率過程の割引現在価値を最大(問題の設定によっては最小)にすることで投資プロジェクトの採否及び投資タイミングを決定する。
9.1.1 従来のオプション評価とリアルオプションの差異
(1) | 従来のオプション理論では金融資産が対象資産でありスポット市場が存在する。これに対してリアルオプションは相対取引で、スポット市場は基本的に存在しない。 | |
(2) | リアルオプションの対象資産は実物投資からの需要量でありキャッシュ・フローである。これには和入り引き率として資本コストを反映した要求リターンを用いる。これに対して従来のオプション理論での対象資産の価格は有価証券等のスポット市場における価格である。ここでは無リスク資産のリターンである。したがってリアルオプションの割引率は対象資産の平均収益率よりも大きい。 | |
(3) | 従来のオプション評価ではオプション価格としての期待割引価値のリターンが無リスク資産のリターンに等しくなるようにリスク中立確率を用いて価値を決定するため、オプションの正味現在価値はである。一方でリアルオプションでは投資プロジェクトの期待割引価値が最大となる時点で投資プロジェクトを実施し、その価値は正である。 |
9.2 参入モデルと退出モデル
収益としてのキャッシュ・フローをリアルオプションの対象資産とし、アメリカン・オプションにおける権利行使する最適タイミングの意思決定を援用して、投資プロジェクトを実施したときに生産される製品市場への参入タイミングを検討するのが参入モデルである。これに対して既に実施しているプロジェクトの生産活動からの製品の需要量が伸び悩みキャッシュ・フローが減少傾向にあり、将来の成長が期待できない場合に、実施プロジェクトにおける生産活動を停止しプロジェクトを退出するモデルを退出モデルという。
9.2.1 参入モデル
ある投資プロジェクトによるキャッシュ・フローが確率過程と見なすことができ、幾何運動に従うとする。すなわち投資プロジェクトの時刻におけるキャッシュ・フロー額とすれば
である。ここではそれぞれの期待成長率とボラティリティである。
参入時刻をとし、この参入時点におけるコストを、割引率をとすれば、この投資プロジェクトの期待現在価値は
で得られる。
このようにキャッシュ・フローの確率的構造が与えられた上でを最大にする参入のタイミングを求める問題は最適停止問題と呼ばれる。このとき停止時刻は確率変数であるため、最適停止時刻の問題をキャッシュ・フローがとある一定の水準に到達したら参入するという問題に変換する。これにより、停止時刻を求める問題から適当な閾値を求める問題を考えることになる。このとき現時点をとしたとき、参入するまでの時間は
で与えられた確率過程がはじめて閾値に到達する時間を求めることに等しい。
投資プロジェクトの期待現在価値
を最大にする閾値は
で与えられ、このとき
である。
参入時刻の期待値は閾値までの最小到達時間の期待値であるから、このとき
であることを踏まえると、
である。
9.3 リアルオプションと資金調達
資金調達を考慮した事業投資の理論的な評価方法としてリアルオプションが用いられる。
市場の需要水準を観測しながら最適戦略を選択する企業を考える。は
に従うとする。すべてのステークホルダーはリスク中立で、将来のペイオフを割引率で割り引くとする。
9.3.1 普通社債の発行
簡単のため債券は永久債だとする。瞬間的なクーポン支払額をとすると、株主は利益フローを受け取るとする。ただしはに対する利益率、は法人税率である。
負債の発行により、株主は需要水準により企業を倒産させるインセンティブを持つ。株主の最適投資政策は、株式価値を最大化するために最適な倒産時刻を選択することである。を倒産時刻、現在の需要水準をとすると、クーポン支払の普通社債で資金調達する企業の株式価値は
で定式化できる。これは倒産まで株主はクーポン支払後の課税控除された利益を受け取ることができ、倒産では株式価値が、砂w地株主は価値を受け取ることができないことを意味する。
任意のクーポン支払に対して、最適な倒産時刻は
で与えられる。ただしは任意のクーポン支払に対する倒産の閾値である。
方程式よりはに対して常微分方程式
を満たす。この方程式の一般解は
である。ここでであるから、となり
を得る。倒産の閾値において株式価値がとなることを示すバリュー・マッチング条件
を用いることで、に対する株式価値はは
で与えられる。ただしは
である。倒産の閾値の最適性を保証するスムース・ペースティング条件であるから、
を得る。
次に普通社債の価値を考えると、
で定式化される。ここでは倒産において必要な費用の割合であり、債券保有者は倒産においてを受け取ることができる。方程式より、倒産の閾値において債券価値が企業の残存価値と等しくなることを示すバリュー・マッチング条件
を用いることでに対する債券価値は
で与えられる。に対する企業価値は株式価値および債券価値の和として
である。
9.3.2 転換社債の発行
償還条項が付与されていない転換社債によって資金調達する企業を考える。負債の発行により最適倒産政策が構築される。一方で転換社債の保有者は自身が保有する転換社債を最適政策の下で株式へ転換する。
株式の最適倒産政策は需要水準が小さくなったとき、株式価値を最大化するために最適な倒産時刻を選択することである。一方で転換社債の保有者は需要水準が大きくなった時、転換社債の価値を最大にするように転換社債を株式へ転換する。この最適化問題を同時に解かなければならない。
転換社債の保有者が株式へ転換する際、元の株式の割合を受け取ることができるものとする。
まず株式と転換社債の価値を考える。を倒産およい転換の時刻、を倒産および転換の閾値とする。クーポン支払の転換社債で資金調達する企業の株式価値と転換社債の価値は
により定式化される。前者の式は株主は転換若しくは倒産までクーポン支払後の利益を受け取ることができ、転換によりクーポンの支払はなくなり、株式価値に希薄化が起こることを意味する。後者の式は転換社債の保有者は転換若しくは倒産までクーポン支払を受け取ることができ、倒産において企業の残存価値を受け取ることができ、転換においては元の株式の割合を受け取ることができることを意味する。
最適な倒産時刻および転換時刻は
で与えられる。
方程式より倒産の閾値において株式価値がとなり、転換社債の価値が企業の残存価値と等しくなることを示すバリュー・マッチング条件
と転換の閾値において株式価値が希薄化後の価値と等しくなり、転換社債の価値が転換後の株式価値の割合と等しくなるバリュー・マッチング条件
を用いることで、株式価値および転換社債価値は
で与えられる。ここで
である。倒産の閾値と転換の閾値の最適性を保証するスムース・ペースティング条件
を用いて、非線形の連立方程式を解くことでを得ることをできる。またに対する企業価値は
で与えられる。
9.3.3 投資プロジェクトの価値と最適資本構成
- 株式のみで資金調達する企業の最適投資戦略
企業の株主は投資において初期投資価格を支払い、瞬間的な利益を受け取ることができるものとする。最適な投資ルールはが等式の閾値に到達する最小到達時刻にて投資オプションを行使することである。を投資時刻とすると投資オプションの価値は
と定式化できる。その時の最適な投資時刻は
で与えられる。方程式より得られる投資の閾値におけるバリュー・ペースティング条件とスムース・ペースティング条件
により、に対する投資オプションの価値と投資の閾値は
で与えられる。
- 普通社債での資金調達
株式と普通社債を発行し資金調達することで投資をする企業を考える。企業価値を最大にするような最適なクーポン支払を求める最適資本構成、すなわち普通社債の最適なクーポン支払は
で与えられる企業価値を投資時刻で最大化することで決定される。投資の一部を普通社債を発行することで資金調達する企業の株主の投資オプションの価値は
で定式化される。このとき任意のに対する最適なクーポン支払は
となる、ただし
で定義する。投資の閾値におけるバリュー・マッチング条件およびスムース・ペースティング条件
より、に対する投資オプションの価値と投資の閾値は
を得る。ここで
である。
- 転換社債で資金調達する場合
転換社債で資金調達する場合を考える。普通社債の場合と同様に、最適資本構成は
で与えられる企業価値を投資時刻で最大化することで決定される。
転換社債によって資金調達する企業の株主の投資オプションの価値は
で定式化される。このとき任意のに対する最適なクーポン支払は
である。投資の閾値におけるバリュー・マッチング条件より、投資オプションの価値は
となる。また投資の閾値におけるスムース・ベースティング条件
*1:設備の処分価格や撤退コストによる得られる。