統計学に習熟するには線形代数の習得が不可欠である。が、初等的な線形代数ではカバーしきれないような分野も存在する。そこで以下の参考書
を基により高等な線形代数を学ぶ。
1. 線形代数の基礎
1.1 転置
行列の転置を
で定義する*1。
行列および行列に対して行列の転置は、その要素について
と表すことができる。したがってである。
転置は以下の性質を持つ。
定理1.1 転置の性質 としを行列とする。このとき以下が成り立つ。
(a)
(b)
(c)
(d)
また転置に関する特殊な条件を満たすような行列を定義できる。
定義1.2 対称行列と交代行列 正方行列に対してが成り立つ場合、は対称行列であるという。他方でが成り立つ場合、は交代行列(歪対称行列・反対称行列)であるという。
列ベクトルの転置が行ベクトルであることに注意すれば、行列を列ベクトルと行ベクトルの積で表現することもできる。行列
が列目の成分のみでそれ以外はであるような列ベクトル
を用いて
で書くことができる。これを用いて行列は
と表現できる。
1.2 トレース
正方行列に対して
を行列のトレースという。
に対して
が成り立つ。
定理1.3 トレースの性質 を行列とする。について適当な演算が定義できるとして、以下が成り立つ:
1.3 行列式
を行列式といい、などと書く。総和はのすべての順列に適用される。ここではをに変換するために必おうな互換の回数に等しい。
ならば
である。
の余因子を用いての行列式は別の表現ができる。
の第行および第列を除いた行列における行列式をとし、
をに対応する余因子と書くとき、
が成り立つ。
定理1.4:行列式の性質 を行列とする。このとき
行列に関し行列についてならば、
である。
1.4 逆行列
行列においての場合を正則行列(非特異行列、可逆行列)という。
ならば
の逆行列も余因子行列を用いて表現できる。をの余因子行列を転置したものとする(これを随伴行列という。)。このとき
が成り立つ。
この定理1.6においておよびとすれば以下が得られる:
1.5 分割行列
行列をそれよりも行数および列数が小さい行列を成分にもつような行列、たとえば
として
と書く。このようにブロックに分解することで行列の積計算が簡単になる場合がある。
例:転置積の計算
に対してを計算する。
はとブロック表示できるから、
1.6 行列の階数
行列の階数は部分行列の概念から想起される。
一般に、のいくつかの行または列を削除して得られる行列をの部分行列という。の部分行列(適当に行と列を除いて行列にしたもの)の行列式を次数の小行列式と呼ぶ。
いま次数の小行列式のうち少なくとも1つがでなく、次数のすべての小行列式がならば、零行列ないしの階数はであると呼ぶ。
ならば、は最大階数を持つという。
行列の階数は基本変形
(1) | の行(または列)の交換 | |
(2) | の行(または列)の非零定数倍 | |
(3) | の行(または列)の定数倍を別の行(または列)に加算 |
では変化しない。
定理1.7:行列の積の階数 を行列、を行列、を行列とする。が正則ならば
定理1.8:基本変形後の階数 が階数の行列ならば、かつとなる正則行列および行列が存在する。ここでは以下で与えられる:
1.7 直交行列
がを満たすならば、は正規化ベクトルと呼ぶ。はならば、直交しているという。さらにそれぞれが正規化ベクトルならば、そのベクトルは正規直交であるという。
その列が正規直交な行列を直交行列と呼び、
が成り立つ。両辺の行列式を取ると、
が成り立つから、は正則である。
直交行列の性質 をの直交行列とし、を行列とする。このとき、
(1)
(2)
(3)は直交行列である。
1.8 2次形式
とする。このとき
で与えられるの関数をに関する層線形形式と呼び、が成り立つとき
をに関する2次形式という。を2次形式行列という。
をそのままにをに置き換えることができるため、は対称行列としてよい。
あらゆる対称行列とそれに関連する2次形式は以下の5つに分類できる:
(a) | あらゆるに対してならばは正定値であるという。 | |
(b) | あらゆるに対してであるに対してならば、は半正定値であるという。 | |
(c) | あらゆるに対してならばは負定値であるという。 | |
(d) | あらゆるに対してであるに対してならば、は半負定値であるという。 | |
(e) | あるに対して、別のあるに対してならば、は不定値であるという。 |
なお零行列は半正定値かつ半負定値である。正定値行列および負定値行列は正則である*2。
もしならば行列は非負定値行列の平方根と呼び、と書く。
1.9 複素行列
複素数は一般にと書ける。複素数全体の集合をで書くとき、に対して
で和および積を定義する。
またに対して
をの複素共役という。これに対して複素数の大きさ(絶対値・モジュラス)
を定義する*3。
任意の複素数は一方の軸を実軸、もう一方を虚軸とする複素平面上の1点としても表すことができる。具体的には複素数は複素平面上の点で表すことができる。これはまたおよびを用いた極座標で表すことができる。すなわち
とする。これはEulerの公式によりと表す。
が成り立つ。
さて先程定義した複素数の絶対値を2つの複素数の和に適用すると三角不等式を得ることが出来る。
この結果から、が得られる。
ここまでの複素数の話を行列に応用する。すなわち複素行列を議論する。複素行列はその要素が複素数であるような行列である。複素行列は実行列と虚行列との和という形で表すことが出来る。すなわちある複素行列に対してすべての要素が実数であるような行列を用いて
という形で一意に表すことができる。
これに対して複素行列の複素共役を
で定義する。の共役転置はである。複素行列が正方でかつであるならば、すなわち任意の成分につきが成り立つとき、はHermite行列であるという。
更にがHermite行列かつ実行列ならばは対称行列である。ならばはunitary行列と呼ぶもしが実行列であるならばであるから、unitary行列は直交行列を複素行列へ一般化したものである。