今回はオプション取引の概要について取り扱います。
今日のまとめ
1. オプション取引とは
オプション取引とは、特定資産を定められた価格で、一定の期間内(一定後のある時点)で売買する権利の取引である。
ここで…
- 資産 権利行使の対象となる資産を指す。厳密には、デリバティブが対象とする資産(原資産)を指す。特定銘柄の株式、コモディティ、為替、債券やそれらの指数、先物がその例である。
- 定められた価格 権利行使をし、売買を執り行う価格で、行使価格という。
- 一定の期間内 契約で定められた一定期間内の任意時点で権利行使できるものをアメリカン、ある特定の一つの時点でのみ権利行使が可能なものをヨーロピアン、ある期間内の複数の特定時点で権利行使の判断が可能なものをバミューダンという。権利行使が可能な期限を満期日という。
- 売買 原資産を買う権利を売買するものをコールオプション、売る権利を売買するものをプットオプションという。
- 権利 原資産価格が行使価格を上回る*1または下回る*2とき、権利行使可能な時点(ヨーロピアンならば満期日、アメリカンならば満期日までの任意時点、バミューダンならば満期日までの任意の権利行使可能時点)において、当該オプションの購入者は権利を行使でき、オプションの売却者はその行使権利に応じた契約履行が義務となる。原資産価格が行使価格を下回る*3又は上回る*4とき、オプション購入者は権利を行使する必要はない。
- オプションの価格 権利を得る(与える)ためにオプション購入者が売却者に支払う代金で、プレミアムという。
- 種類 通常のオプションをバニラ・オプション、特殊に作り込んだオプションをエキゾチック・オプションという。エキゾチック・オプションはその性質上OTCが多いが、複数のバニラ・オプションを組み合わせることで、同様の経済効果を得られるものもある。
- 決済の種類 現物決済の場合もあれば差金決済の場合もある。
- コントラクトサイズ オプション一単位当たりで権利の及ぶ対象原資産の数量。
- マルティプライア*5 コントラクトサイズに応じた、オプションの価格に対して実際に支払わなければならない金額を出すための数量。
1.1 オプションのトレード
トレード時は通常、「①原資産、②満期日の月(限月)、③行使価格、④コール・プット」を指定する。購入することをロング、売却することをショートという。オプションの売却者は原資産価格の値動きに呼応して無限に損失を被り得るので、オプションのショートポジションを持つ者は、先物と同様に証拠金の預託が求められる。
1.2 行使価格と原資産価格*6
- インザマネー(In the money) 権利行使によりキャッシュインが起こる状態=「行使価格> 原資産価格」
- アットザマネー(At the money) 権利行使をしても、キャッシュインもアウトも無い状態=「行使価格= 原資産価格」
- アウトオブザマネー(Out of the money) 権利行使によりキャッシュアウトが起こる状態=「行使価格< 原資産価格」
1.3 オプションの持つ価値
一般に、満期前であれば仮に現時点でアウトオブザマネーであっても、満期までの間(ヨーロピアンならば満期日)にインザマネーになる可能性があるため、その他条件が同一であれば、オプションの価値は満期までの期間が長いものの方が高い。この期間の長さによって生じる価値を時間価値という。
当然、インザマネーであれば、当該オプションが行使により利益を生むために価値を持つ。この価値を本質的価値と呼ぶ(アウトオブザマネーならば、本質的価値はゼロ。)。したがって、
1.4 オプションを売買する意義
1.4.1 コール・オプションの場合
コール・オプションの買い手 |
コール・オプションの売り手 |
---|---|
原資産価格が行使価格+ プレミアムを下回る間は権利行使しないためプレミアム支払分の損失が発生。原資産価格が(行使価格+プレミアム)を上回ると直線的に利益発生。 | 原資産価格が行使価格+ プレミアムを下回る間は相手が権利行使しないため、プレミアム分利益発生。原資産価格が行使価格+ プレミアムを上回ると直線的に損失発生。 |
1.4.2 プット・オプションの場合
プット・オプションの買い手 |
プット・オプションの売り手 |
---|---|
原資産価格が(行使価格− プレミアム)を下回る間は利益発生。(原資産価格行使価格−プレミアム)を下回ると損失が発生するが、行使価格を上回った場合、権利行使をすることで、損失をプレミアム分までに抑えることができる。 | 原資産価格が行使価格− プレミアムを下回る間は相手の権利行使により、損失発生。原資産価格が(行使価格− プレミアム)を上回ると利益が発生するが、行使価格を超えると利益はプレミアム分までに限定される。 |
2. オプションの性質
2.1 プットコールパリティ(Put-call Parity)
ヨーロピアン・オプションにおいて、原資産・行使価格・満期が等しいコール・オプションとプット・オプションは任意の時点において以下の式
を満たす。ここで、
である。
2.1.1 プット・コール・パリティの導出
ヨーロピアン・オプションを考える。ある基準時点から見たとして現時点を、満期時点をとおく(すなわち)。このとき、満期におけるこのオプションのペイオフ(得られる損益)は、
が成り立ち、これを整理することで
が得られる。これは、プット・オプションのロングと満期に行使価格と同額が得られる量の割引債のショートからなるポートフォリオは、コール・オプションのロングと原資産のショートからなるポートフォリオと満期時点において等価であることを意味する。
さて、ここに追加してこの市場の無裁定性を仮定すると満期時点において等価であるポートフォリオは任意時点においても等価であるはずだから、コール・オプションおよびプット・オプションの価値を改めてと書き換えれば
が成り立つ。
なお、原資産が株式で、配当を考慮するならば
である。
3. オプションの価格決定要因とボラティリティ
3.1 各パラメータとオプション価格との関係
原資産価格 | コールならば高い方が、プットならば安い方がオプション価値が高い。 |
---|---|
行使価格 | コールならば安い方が、プットならば高い方がオプション価値が高い。 |
満期までの時間 | アメリカンであれば長いとオプション価値を上げる一方で、ヨーロピアンでは一概には言えない。 |
ボラティリティ | ボラティリティが高い方がオプション価値が高い*7。 |
配当 | 株式オプションの場合、配当落ちによりコールオプションの価値は下落する。 |
金利 | 原資産キャッシュフローの割引金利とプレミアムの分子の第二項に現れる金利の2経路で影響する。 |
3.2 ボラティリティとオプション価格
ボラティリティとは(連続複利表示)原資産のリターンの標準偏差を指し、定性的には原資産価格の変動度合いを表す指標である。そのため将来ボラティリティは将来時点における原資産価格の不確実性の大きさを表す尺度である。
オプション評価には本来、将来のボラティリティを用いる必要がある。しかし将来リターン(将来価格)が未知であることがモデルを利用する理由である以上、将来のボラティリティは当然ながら未知である。そこで代替値を用いることとなる。
ボラティリティは、リターンの変動に倒してみることで感覚的に理解できる。以下では
で年次ボラティリティを計算したものと仮定する。
このとき、これを日次に換算すると
である。
微小時間後の単利表示リターンは、日として、リターンが正規分布に従うと仮定すると、
と見なすことができる。正規分布は約で標準偏差分、約で標準偏差分の変動が生じるという性質を持つ。
たとえば年次ボラティリティが/年であったとすれば、価格の約は1日でほぼ間違いなく(約で)変動し、約で価格の変動し得る。
3.2.1 ヒストリカル・ボラティリティ(Historical Volatility)
過去の実績リターンから計算したボラティリティを将来のボラティリティの推定値として用いるものである。
計算が容易である一方で、①過去の実績ボラティリティが将来も続くという仮定をしている点、②計算において長期間のリターンを反映すればするほど直近の変動が織り込まれづらくなる点*8、③一定時点分のリターンが無ければ計算できない点に注意しなければならない。
これらの注意点を踏まえて、たとえば日次リターンから計算した日次実績ボラティリティ(たとえば30日分)を年次変換(たとえば1年=252日*9 )して得る。
3.2.2 統計(時系列)モデルによる推計
GARCHモデル等、ボラティリティを目的変数とした統計(時系列)モデルにより推計するものである。
3.2.3 インプライド・ボラティリティ
オプションの市場価格を(Black-Scholes)モデルに代入し逆算することでボラティリティを推計するものである。
3.2.4 モデルフリー・インプライド・ボラティリティ
ボラティリティを原資産とする指数やデリバティブ(たとえばVIX)から逆算して推計するものである。このとき、(Black-Scholes)モデルを仮定せずに直に加工して計算することからモデルフリーといい、モデル・リスクを回避できるメリットがある。
以上では正規分布を仮定してモデル化した。しかし実際の原資産価格(株価等)は正規分布よりもFat-tail(極端な変動が起こる確率が高い)ことが経験的に知られている。したがって純粋にモデルから計算した価格で売買すると、例えばプットであれば行使価格の低いものを過小評価することになる。そこで、ボラティリティ・スマイル、ボラティリティの期間構造を加味したプラインシングを行う*10。
4. オプションの投資戦略
プット・コール、パラメータの値、ポジションを選んで複数のオプションからなるポートフォリオを構築することで、様々な特徴を持つ投資戦略を実現することが出来る。こうした異なる種類のオプションを組み合わせることで自身が望む特徴を持つペイオフを生み出す投資戦略を実装することをスプレッドという。スプレッドを実装することで、ヘッジ戦略や投資戦略の多様化を図ることができる。なお以下で原資産は同一であることを前提とする。
4.1 ストラドル(Straddle)
同じ限月、同じ行使価格のコール・オプションとプット・オプションを同単位購入(売却)する戦略をロング(ショート)ストラドルという。
ロングストラドルを取ることで、行使時点に原資産価格が大きく変動することに対するヘッジができる。ショートストラドルの場合、原資産価格の変動が限定的であれば利益が出る*11。
4.2 ストラングル(Strangle)
同じ限月、異なる行使価格のコール・オプションとプット・オプションを同単位購入(売却)する戦略をロング(ショート)ストラングルという。
ストラドルよりもヘッジできる範囲が狭い代わりにヘッジコストに相当するプレミアムを抑える事ができる。
4.3 コールスプレッド(Call Spread)
同じ満期で行使価格の低いコールを買い、行使価格の高いコールを売却する戦略をロングコールスプレッドという。
小幅な原資産価格の上昇が見込まれるときに、原資産価格の大幅な上昇によるペイオフの上昇を犠牲にする代わりに、単独のコールを購入するよりもプレミアムを抑えることができる。
4.4 プットスプレッド(Put Spread)
同じ満期で行使価格の高いプットを買い、行使価格の低いプットを売却する戦略をロングプットスプレッドという。小幅な原資産価格の下落が見込まれる際や原資産ロングのヘッジとして利用する。
コール(プット)スプレッドは、売却した方のオプションのプレミアムで、購入する方のオプションのプレミアムの一部を補填することで、プレミアムを節約している。
4.5 バタフライ(Butterfly)
満期が等しいが行使価格の異なる3つのオプションがあるとき、最も行使価格の低いものと最も行使価格の高いものを同単位ずつ購入し、それらの中間の行使価格のものを倍の単位だけ売却する戦略をバタフライという。
原資産価格の変動が小さいと考える際に取るべきポジションである。
4.6 バイライト(Buy-Write)
原資産をロングするとともに当該原資産のコールオプションを売却する戦略をバイライトという。原資産価格がある一定値までの範囲で上昇すると見込まれるとき、その一定値よりも高くなった際の原資産ロングポジションによる利益を放棄する代わりに、売却コールのプレミアム分を上乗せることで、利回りを上昇させる戦略である。
4.7 マリード・プット(Married-Put)
原資産と当該原資産のプットオプションを同じくロングまたはショートする戦略をマリード・プットという。
ロングの場合、プレミアムを支払う代わりに、原資産価格の下落によって原資産ロングから生じる損失をロングプットでヘッジすることができる。
ショートの場合、ポートフォリオが利益を出し始めたときの水準を原資産のみを持つときよりも高く出来る一方で損失が出るときには原資産のみのときよりも大きくなる。
4.8 リスクリバーサル(Risk-Reversal)
同限月の行使価格の低いアウト・オブ・ザ・マネーのプット・オプションと行使価格の高いアウト・オブ・ザ・マネーのコール・オプションに対し、一方を購入しもう一方を売却する戦略をリスク(リバーサル)という。
ロングプット/ショートコールの場合、原資産価格がプットの行使価格に等しくなるまでは利益が、コールの行使価格までは損益なし、コールの行使価格以上になると損失が出る。
5. オプションのグリークス
デリバティブでは、精緻なロジックによって価値計算がなされる(※特にOTCデリバティブで市場に上場されていない商品の場合)ため、リスク・ファクターも評価ロジック内に明示されている。そこで、リスク・ファクターの変動に対するデリバティブ価格の変動も計算可能となる。
リスク・ファクターの変動に対するデリバティブ価格の変動度合いを表す指標をグリークスと総称する。グリークスを管理することで、デリバティブのリスクマネジメントを行うことが可能となる。
5.1 デルタ(Delta)
原資産価格の変動に対するプレミアムの変動の感応度合を、デルタ()という。
デルタは、コールであれば非負の値をプットであれば非正の値をとる。デルタは、
- 符号を無視すると、オプションがインザマネーで満期を迎えるおおよその確率と解釈できる。
- 原資産が単位価値動く際のオプション価値が変動度合いを表すことから、原資産単位当たりのヘッジに必要なオプションの数を与える。
5.2 ガンマ(Gamma)
原資産価格の変動に対するデルタの変動の感応度合をガンマ()という。
ガンマは、ロング(ショート)ポジションのいずれでも正の値を取る。
オプション購入は、ガンマをロングすることに等しい。なぜならば、オプション購入しデルタをヘッジすると、原資産価格がどちらに変動しても利益が出る。ロングの場合にガンマは一般に正であるから、デルタ・ヘッジをすることでどのような原資産価格の変動をしようが、ガンマの分だけ価値が生じるためである。
5.3 セータ(Theta)
満期までの時間が変化することに対するプレミアム変動の感応度合をセータ()という*12。
ロングの場合、時間価値が消滅していくことを表すため、セータは負値を取るのが普通である。満期までの期間毎に計算するのが一般的である。
*1:コールの場合
*2:プットの場合
*3:コールの場合
*4:プットの場合
*5:multiplierのこと。multipleが掛け算のことで、multiplierは掛目を指す。
*6:下記の行使価格と原資産価格との関係はコールの場合。プットの場合、逆になる。
*7:仮にオプションのペイオフを減らす方向に原資産価格が変動しても、権利行使を放棄することで損失上限がプレミアムまでに抑えられるため、増やす方向に原資産価格が変動する機会をその損失が相殺しきれずオプション価値が増大することになる。
*8:計算式にあるように各時点の変動の単純平均で定義することが多いが、その場合には各時点の変動に対して割られる数である時点数が等しいことになるから、各時点の変動が等しくボラティリティに寄与することになる。したがってそれを忌避して直近値がより強くく寄与、すなわち原資産価格の急変動を早急に反映できるように、たとえばウェイトを付けることがある。ただし統計的な“良さ”(不偏性など)を犠牲にする恐れがある点がデメリットである。
*9:250日とする場合もあれば、実際の取引物に関する計算をする場合は、しっかりと応当日までの実際の日数を用いる場合もある。
*10:多分に専門的なのでここでは扱わない。
*11:ただし大きく変動していくと延々と損失が拡大していくので高リスクである。
*12:なぜシータと読まないのは不明。